月別アーカイブ: 2008年7月

コンビニ大好き?

煙草をやめると味の好みが変わるね。いままでこんなものは買ったことなかったのにね。冷蔵庫の中身がおかしくなっている。

  • プリン
  • フルーツゼリー
  • チョコレート
  • ヨーグルト

この調子だとそのうちシュークリームやエクレアに手が伸びそうである


退院はしたものの

7/5(土)に大喀血をしてそのまま緊急入院。止血剤と抗生物質の点滴を続け、原因は不明なまま一応の回復は見られたので7/16(水)に退院。といってもさすがに体力は落ち、肺臓の機能も100%回復しているわけではない。息は切れるし体はだるく、すぐに疲れてしまう。

そうそう、当然ながら入院中は酒も煙草もダメ。25年も愛し続けた煙草だが、あの大喀血を体験すると吸いたさよりも恐怖が前に立ち、退院後も禁煙したままだ。このまま煙草は止めてしまおうと思っている。

酒は、止められないね。退院した日の昼にビールでお祝い。約二週間ぶりのお酒は、回っていくのがよくわかる。

先週から仕事に復帰したのだが、またすぐに検査の日々に。肺の写真の経過は非常によいのだが、血液検査の結果に異常が見られる。肝機能がおかしくなっている。体がだるいのは肺ではなくて肝臓が原因かもしれない。先週末から再度二週間の禁酒を申し渡され、肝臓の超音波エコーとCTの検査、血液の精密検査を受けることになってしまった。また8月中旬までに再度の胸の写真の検査や内視鏡による気管支と肺内部の検査も待っている。

それにしても退院後の禁酒は辛い。8月中旬まで酒に誘わないでね。


順調に楽になり、退院へ

喀血の直接的な原因はわからずじまいだが、日を追うごとに体は楽になっていく。肺がどの程度機能しているかは、指先につける洗濯バサミのような機器で簡単にわかる。動脈中の血球が肺でどのくらい酸素を取り入れているのかが数字で簡単にわかるのだ。100を満点として通常は98以上あるのがよろしい。酸素マスクをしてベッドで安静にしていると98がキープできる。酸素をはずしてトイレに行ったりすると90~93に落ちて慌ててしまうのだが、日々、肺が楽になっていくにしたがってその点数の落ち方もゆるやかになっていく。

入院して一週間もたつと酸素マスクも鼻先へのチューブだけになった。点滴も24時間ではなく必要な分の抗生物質だけになる。この頃には呼吸云々よりもむしろ一週間もシャワーを浴びていないことが苦痛。本当は担当医に相談が必要なのだけれど、それは無断でシャワーにGo!。シャワーってすごく体力と酸素を必要とするんだということを実感する。思いっきりハアハアしながらのシャワーはなかなか大変だった。

入院して10日。結局原因はわからない。肺臓の出血の直接のトリガーとなったのは薬品臭であったり北京の某場所での信じられない空気であったのだろうが、それは緊張した糸をプツリとやったトリガーにすぎず、恐らく肺臓に煙草、ほこり、カビ、あれやこれやが蓄積されていたんだろうなと思っている。

入院して12日。酸素をはずして病院内を歩いても肺機能の点数は98をキープしている。合格。退院。病名は「特発性喀血症」または「過敏性肺臓炎」という、名前は格好いいが「よくわかんないけど、血、吐いたね」という意味しかない病名だ。(あと一回つづく)


肺にファイバースコープを挿入

肺からの出血が止まり落ち着いたところで内視鏡をのむ。レントゲンやCTではわからない状況を目視するためだ。しかしこの検査は辛い。いわゆる「胃カメラ」と同じなんだが行き先が胃ではなくて肺なのが余計辛い。胃カメラの経験はあるし、大腸ポリープのためにカメラを下から入れたこともある。そんなもの、肺へのカメラに比べたらどうってことのないお遊びみたいなもんである。

  • 喉の嘔吐反射が普通の人より激しいので、喉に麻酔をかけるだけでえらく時間がかかってしまう。ごめんなさい > お医者さん
  • 喉と肺の麻酔が完了すると目隠しをされてパイプ状のマウスピースを噛まされるので、あとはもうやられたい放題である。何をどこに突っ込まれようが抵抗のしようがない。麻酔で声帯もバカになっているので声も出ない。辛いときは手で合図しろと言われたので、中指を立ててやった。冗談だってば。
  • いったんファイバースコープが肺に入ってしまうと意外と楽なもんである。
  • その最中は何をやられているのかわからなかったが、患部の写真を撮り、血栓となっている血の塊を掃除してくれたらしい。

内視鏡の検査でわかったことは肺ガンではないね、ということ。結核でもないし肺ガンでもないとなると、喀血の原因究明は途端に難しくなる。(つづく)


歓迎される血痰もある

大喀血と緊急入院から四日目、ようやく結核ではないことが判明し、医者も看護師も妻もマスクをはずした軽装備で病室に出入りできるようになる。それでもまだ点滴と酸素マスクはしたままだ。ベッドで安静にしていると特にどうということはないのだが、起き上がって動き出すと途端に呼吸が荒くなる。酸素が足りない。肺がきちんと機能していない。

この頃から微熱も出始める。血液検査でも白血球の数が増え、夜は咳き込んでしまう。肺炎の症状だ。

咳き込むと痰が出るのだが、これに血が混じっている。といっても鮮血ではなく茶色に固まった血だ。これは最初に喀血したときに肺中にばら撒かれた血が自浄作用で痰に運ばれて出てきたもの。歓迎すべき血痰である。こいつが出れば出るだけ肺が楽になるのだ。(つづく)


ハードな窒息、ソフトな窒息

血を吐いて死ぬというのは出血多量のためではなく、窒息(酸欠)によるのだな。

首を絞められる、のどに餅を詰まらせる、水に溺れる、といったハードな窒息はいかにも苦しそうで文字通り息が詰まってしまう。でも今回は息はできるが酸欠になるというソフトな窒息を体験することになってしまった。

喀血をするとその血は外に出るだけでなく、肺中にばら撒かれることになる。血は血栓となり、肺の枝分かれした部分に詰まっていく。私の場合、右肺の下四分の一が血栓によって使い物にならなくなり、身体への酸素供給量が通常の八割程度に落ちてしまった。呼吸が短く速くなり、どうしようもない不安が襲ってくる。経験はないが高山病ってこんな雰囲気だろうか。

酸素吸入を受けて落ち着いたところで血液検査、尿検査、胸のレントゲン、胸と気管のCTを撮る。どれも原因究明のためだ。結核がどうかを最優先で調べるらしい。もし結核陽性なら専門の別の病院に移動しなければならない。

症状緩和のために止血(毛細血管の強化)と抗生物質の点滴を24時間打ちっぱなし。これに酸素マスク。こんな状態でも慣れると眠れるものである。(つづく)


突然の大喀血

金曜の夜に北京から帰国し、あれこれと片付けて土曜の午後に伊豆の自宅に戻る。数週間も放っておいた庭の芝生を刈ろうかと、芝刈り機に CRC KURE 5-56 を注しているときにそれは始まった。刺激臭のある空気を胸に吸い込むと急に咳き込み始める。単に痰がからんでいるのではない。喉の奥がゴボコボ言っている。下を向いたら、口と両方の鼻の穴から血液がさーっと流れ出てきた。

痰に血が混じるなんてレベルじゃない。咳をするたびに血が噴出してくる。意識ははっきりしているし、胸に痛みも感じない。でも目の前のスプラッターな光景に、精神的なダメージを猛烈にくらう。

妻が近くの大学病院の救急外来に電話をし、そのまま緊急入院。このとき自分は冷静に「かなりの量の血を吐いてしまったなぁ」程度にしか思っていなかったのだが、担当医は妻に「万が一の場合は覚悟してください」といった意味のことを言ったらしい。窒息による死は意外と静かに近くにいるものなのだ。(つづく)


発端は北京での少女漫画的喀血から

二週間近くも入院するなんて、高校生時代の盲腸の手術以来なのだな。

事の始まりは北京出張中の軽い喀血からだった。ちなみに胃や食道から血を吐くのは「吐血」、気管や肺から血を吐くのが「喀血」だ。ずいぶん妙な痰のからみ具合だな、と吐いてみたら真っ赤だった。

現地のスタッフの助けを借りて慌てて近くの病院へ。胸のレントゲンと血液の検査をしたのだが、特に悪いところは見つからず、喀血そのものも軽いものだったのでしばらく様子をみることになった。

出血も止まったので普段通りに酒は飲むしタバコもやる。何かおかしくなったら帰国してから見てもらうかと、軽い気持ちで北京から帰ってきたのだ。

それにしてもゴホンとやったら「う、血だ」の典型的薄幸少女漫画で一瞬格好いいぞと思ったのだが、精神的にダメージを受けるね、血を吐くというのは。

でも北京での喀血はほんの序の口、本番は帰国してからだった。(つづく)


北京のビジネスホテル

北京出張で泊まるホテルはだいたい一泊400元くらい。ツアー観光で泊まるような高級ホテルではなく、ビジネスホテルだ。今いるホテルは北京市北西の中関村地域にあるFuramaXpress。Baidu本部に徒歩10分以内という近さで便利なホテルである。すぐ脇にセブンイレブンがあるのもうれしい。

ホテルのサイトを開くとなんとも「スタイリッシュ」という感じを受けるのであるが、実際宿泊していると細部のあらら、という、なんとも、これでいいのだ的な造りが目立ってしかたない。建築関係の息子なので他の人より余計にそういう所に目がいってしまう。

でもいいホテルだね。ネットも使えてこうしてブログも更新できるんだから。